いい加減、いない「悪役」を作るのを止めませんか?
海外進出している日本企業が新入社員採用時に外国人留学生を採用する比率が高くなってきたという話をテレビで見た。
そのこと自体は、特に感想はない。
今まで日本人に固執しすぎていたんじゃないかな、ぐらいで。
ただ、この報道に
「日本人の学生は○○出来ないからだ!」とか、
コメントがつくのを見ていると苛々してくる。
各企業によって社員採用の基準も違し、
採用人数自体もどんどん少なくなってきている。
誰が悪い・悪くないじゃなく、
誰も悪くなくても、就職活動をいくら頑張っても不採用になる人がいる。
ただ、それだけのことだと思う。
それを「就職活動が上手くいかないのは、努力が足りないからだ!」ってコメントを見ていると、よく言い切れるなと感心する。
「採用される人もいるだろう!」
ってそりゃいるだろう。企業のニーズに合って、より良い人材が入れば採用されるだろう。
今、就職活動している学生の何が悪いって言えるのか。
ただ、社会の方向がどんどん変わっていっているってだけで、
それを特定の人のせいにしてはいけないでしょうよ。
「誰が悪い」じゃなくて、「みんなで」どうすれば変化していく社会に対応出来るのか考えないといけないんじゃないかな。
「○○出来ない!」なら、それをどこかで教えれば良いとか。
海外にも一定数、就職先を探してみるとか。
色々やってみればいいと思う。
いない「悪者」を作っても、何もよくならない。
それよりも、出来ることを見つけたほうが健康的だと思う。
需要と供給の不一致
下のまとめサイトを見て、思ったこと。
企業側のホンネ 続々…「大学生 甘えるな! えり好みするな!」
http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-3462.html
上記に加え、いくつか自分のイメージを追記してみる。
- 年功序列・終身雇用が崩れてきている
(昔は若いころ安い給料でも、年齢が上がれば給料も上がった)
(今は給料は現状維持ないし、下がることの方が多い)
(リストラ等、常に失業の危険が高い)
(一度、失業すると再就職は難しい)
- 新卒時に入社した会社に人生設計が影響される。
(大企業なら、育児休暇なども充実している)
(中小企業では、手当どころかサービス残業も多々あり、
一方的に時間・労働力を搾取される)
(更に、中小企業で女性の場合、結婚・妊娠の可能性で就職の可否が決まることも多い)
これ、えり好みって言うか当然の選択じゃないか?
だって自分の一生に関わってくるんだよ。
もちろん会社側だって欲しい人材のイメージもあるだろうし、
大人数いたら、より良い人を取りたいとは思うでしょう。
自分がその人材に値するかは、別の話としてあるけれど。
中小企業は人・金に余裕が無いところが多いから、
(もしくは人件費に金を回したくない)
スーパーマンを安い給料で使いたがる。
地方はもっとひどい。
大手が支店を作るときとか、賃金を地方の水準に合わせる様強制したりする。
「みんな安い給料でやっているのに、一部だけ高くされると他がやっていけない」
それは何か違うだろうと言いたい。
大学生はどんどんえり好みすれば良い。
日本国内に選択肢が無ければ海外に出れば良い。
ただし、国内・国外でも仕事の獲得はどこも厳しいと思う。
後、英語や仕事する国の言葉は習得必須なので、要注意。
これからどんどん日本国内は人も仕事も減っていく。
(一定数は残ると思うけれど)
まともに生きていけるだけの額を出してくれる会社は極一部。
そこに入れなければ、海外で仕事すれば良い。
(海外で仕事出来るかは別問題)
もしくは会社作るのも良いでしょう。
自分が食える様に工夫して生きていけば良い。
生きるのに大企業だけが選択肢じゃない。
大企業に入れなかったら、中小企業しか選択肢が無い訳でも無い。
選択肢は色々ある。
選ぶのは自分だっていうだけの話。
ただ選んだ結果、それが中小企業で働くよりしんどかったとしても
それは自分の選択の結果なので、どうこう言われても困るけれど。
一度きりの人生なので、後悔だけはしない選択を!
外界に必要以上に怯える必要は無い
主に下の2つについて。
「田舎」に暮らしていた時に聞く「都会が怖い」と言う話。
「日本」に暮らしていて「外国が怖い」と言う話。
私は「日本」の「田舎」「都会」両方経験済み。
まだ「外国」へは行ったことが無い人間です。
学生次代に友人が「都会が怖い」と言っていて、進学の選択肢から東京を外そうとしたことについて「都会の何が怖い」のか、不思議に思ったことがあります。
「都会の人は冷たい」…いや、電車内で体調不良時に見も知らない方に介抱して頂きましたよ。
「犯罪が多い」…人口に対しての犯罪数じゃないかと。要は犯罪が無いところは無いと思います。
「とにかく怖い!」…知らない場所は何でも怖いんじゃないの?
ちなみに私は「都会」と「田舎」を行ったり来たりしていますが、
公共交通機関・サービスも多く、
大人数人がいる為にルールが最適化されている、
都会のほうが私にとっては住みやすい場所です。
もちろん田舎のほうが良い!と言う意見もあると思います。
それは人それぞれなので、良いのです。
問題は「田舎」「都会」両方体験して、でた意見なのか、と言う事。
入手した情報が偏っていないか。
必要以上に「都会が怖い」と思っていませんか。
そんな気がするのです。
同じ理由で「外国が怖い」もそうなんじゃないかと。
いや、本当に危険な場所も多々あると思いますが、
それにしても「日本が一番」って言い過ぎじゃないかな?と。
今は諸事情により、(金および優先順位的な問題)
「外国」に行けておりませんが、自分の目で確かめてきたいと思っています。
そして考えたいと思うのです。
「都会が怖い」「外国が怖い」って言っている人達が、
「何の為」にそれを言うかと言う事を…。
今週のお題「10年後の自分へメッセージ」…生きていれば良いよ
- 生きていれば良い
命があれば、後はどうにでもなる。
死んだほうがマシだって状態じゃなきゃ良い。
- 言い訳駄目、絶対
「あの時こうすれば…」なんて仮定は無意味。
今まで生きていて、そんな良い選択肢が与えられていた覚えが無い。
10年後の自分もそうだと思う。
色んな要因が重なったとしても、最終的にそれは自分で考え選んだ道だよ。
- 好きなことは自分の意思以外では辞めない
他人に言われて辞められるなら、それ自分にとって大切なことじゃない。
自分で選んで。
- 老後の用意
自分がどこで生きて死にたいのか。
決めなくても良いけど、考え始めてね。
- 結論
10年前の私も、今の私も、10年後の私も後悔だけはしない様に。
地域コミュニティについて考えてみた
地域コミュニティについて、自分が思うところをまとめてみた。
人々は昔は各地域のコミュニティに所属していて、
その地域での行事やお祭りを運営・参加してきた。
今は、地域でのコミュニティ参加は無くなってはいないが、
参加必須と言う訳では無い。
参加必須な地域コミュニティはあると思うが、
その地域での人の数が減少してきているから、先細りせざるを得ない。
そもそも職業選択の都合上、地域に根ざすこと無く転勤を重ねる人達や、
都会に来る人が多くなればなる程、それ以外の地域コミュニティが衰退していくのは必然ではないだろうか。
今はまだ地域コミュニティに参加している人達が衰退を留めてくれているのだろうが、
それもいずれ限界が来ると思われる。
一方で「地域おこし」をして、地元の活性化に繋げている地域もある。
違いはなんだろうか。
まず、地域コミュニティに必要な物はなんだろうか、以下に挙げてみる。
- 人
- 言わずもがな。人がいないと、何もならない、はじまらない。
- その地域での一体感強化
- 団結力とか。トラブル時の円滑解決とか。
- 情報共有
- お約束・決まりごとはみんなで共通認識しておく。
- 相互補助
- 災害時や生活が苦しい時にお互いに助け合い等。
上記の目的があって、地域コミュニティがある、と仮定してみる(私が勝手に)
問題は「人」と「相互補助」
「人」がいないと、地域コミュニティも成り立たない。
「相互補助」も「人」がいない状態だと、余裕が無くなる。
ギリギリの人数だとやれることにも限界が出てくる。
そうすると「人」を集める必要が出てくる。
「人」が集まれば、経済活性化に繋がる。
地域の経済が活性化すれば、経済的に余裕がある人達が増えてくる。
そうすると「相互補助」もしやすくなる。
だから、地域コミュニティは「人」を集めたいが、今「人」はなかなか集まらない。
地域コミュニティに属しているのだが、その認識が無いのか。
そもそもその地域に「人」がいないのか。
様々な理由・原因はあると思うが、その地域コミュニティに属するメリットが明確なら、「人」は増えるのではないだろうか。
強制的に地域コミュニティに属するのでは無く、
地域コミュニティに属することによって得られるメリットを明確にする。
または地域コミュニティにメリットを付与する。
こういった活動を行うことによって、地域コミュニティの活性化に繋がるのでは無いか。
昔からの行事・イベントを毎年維持していくだけでも、十分大変だとは思う。
ただ、これからはそれだけでは足りなくなるのでは無いか。
そんな事を考えてしまうのでした。
他人様のノウハウは実践しなければ、その人の物のまま
いや、実践してもその人のノウハウには違いないんですが。
要はいくら他人のノウハウ話を眺めているだけだと、
自分自身は何も変わらないよと。
実際やってみて、自分に合う・合わないを確認する。
その後、続けてみるとか、改良するとか色々あるのですが。
入門本をいくら眺めていても、実際手を動かさないとプログラム出来ないのと一緒って言えば良いでしょうか…。
もちろん効率良く勉強したい、無駄な時間かけたくないっていうのも分かるのですが、
実際にやってみないと分からないことは多々あると思うのです。
自戒の意味を込めて、書いておきます。
手を動かせ!
ただ逆算していくだけ
欲しい物があれば、それを手に入れる為の必要条件・手段を考えつくだけ考えてから実行する。
なりたい職業・日々の生活の糧の入手。
大体同じ動きでどうにかなったり、ならなかったりする。
勉強は少し考える。
自分の好きなモノだけ集中的にやるのか。
その前の土台作りで他の知識も意図的に吸収するのか。
目的があれば、行動のブレも少なくて済む。
自分が何を求めているのか。
それが曖昧なまま動くとろくなことにならない。